鞠智城(きくちじょう)

2019年01月29日

菊池と、山鹿の境に、ひっそりと佇む。鞠智城。きくちじょうと、読みます。菊池から、小高い丘に登ると、太古の昔にタイムスリップしたかのような、不思議な空間が現れます。

 

八方ヶ岳を、バックに、ひっそりと佇む、鞠智城です。山の中にポツンと、鼓楼が、建ってます。

鞠智城は、東アジアじょうせが、緊迫した7世紀後半に、大和朝廷がきずいた山城です。

663年の、「白村江の戦い」で、唐、新羅の連合軍に大敗した大和朝廷が、日本列島への、侵略に備えて、西日本各地にきずいた、城のひとつです。九州を統治していた、大宰府や、それを守る、大野城、きい城に、武器、食料を、補給する史絵基地です。

以前は、「くくちじょう」と、呼んでましたが、今は、きくちじょうと呼んでます。八角形の、鼓楼、米倉、兵舎、板倉敷が、点在してます。

こちらは、公園が、整備されて、中央に、防人、前面に、防人の、妻と子、西側に、築城を、指導した、百済の貴族、東側に、八方ヶ岳に、祈りを捧げる、巫女、北に、鳳凰が建ってます。防人には、東国の人たちが、選ばれ、任期は、三年、徒歩で、移動するので、辛い旅で、行き倒れになることもありました。防人の歌が、読まれてます。お昼の、写真も、素敵ですが、夕暮れ時の、写真も、また、素敵です。

昔に、思いをはせ、眺める、景色は、なんとも、ノスタルジックですよ。

こちらが、西側の、夕暮れの写真です。まわりに、さえぎるものがなく、遠く、長崎の山が、見えます。丘からは、遊歩道が続き、今の、大河ドラマ、いだてんの撮影場所でもあります。鼓楼から、このような、景色を、眺めたのではないでしょうか。

鞠智城の、前には、古代米の、栽培がされていて、米の収穫の時には、赤く実った、赤米と、鞠智城の、コントラストが素敵です。また、その頃に、写真を、とりに行きたいと、思います。

こちらの、ゆるキャラクター、ころうくんも、ゆるきゃらでは、人気です。

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防人を、モデルにしてありますよ。

こちらの、公園は、菊池温泉♨️からは、ちょうどよい、遠足の距離で、家の、子供たちの、小学生🎒の、遠足のコースでした。私達が、小学生🎒の頃は、ウサギおいで、このあたりの山を、走りました。今では、ウサギおい、と言っても、わからないですよね。朝、5時半に、集合して、ウサギを、おう人たちは、竹の棒を持ち、「ちょーい、ちょーい、ちょーい」と、言いながら、山をかけ登ります。山の上には、網を持った、網隊がいて、ウサギを捕まえる、冬の風物詩でした。今では、考えられませんね。