菊池一族ウォークラリー4

2019年04月24日

菊池持朝公墓所です。光善寺の中にあります。

光善寺の中に、小さな、五輪塔がたくさん並んでいます。

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竹林の中に、ひっそりと佇む墓所が、19代菊池持朝公の墓所です。

菊池能運公の墓所です。

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菊池重朝の嫡子です。はじめは、武運と名乗ってましたが、不運につながるといわれ、能運に改名されたと言われています。隈部氏をはじめとする家臣団の離反や、大叔父の宇土為光の反乱があり、一時期は、守山城も奪われ島原に避難しました。その後、奪還に成功するものの、この時の戦傷が元で、23才で、死去しました。菊池一族直系としては、最後の惣領です。
熊耳山正観寺の、実相院のあった場所に墓所があります。チェックポイントは、墓所の前です。

菊池武重公の墓所です。
畑の中に、ひっそり佇む墓所。春には、れんげ畑の中の小道歩き、小川をわたると、大きな桜🌸。桜🌸を眺めながら、先に進むと、大きな藪椿。大きな二本の杉、杉の下には、墓所があります。遠く、道沿いからも、こんもりと、木がたつ風景が、眺められます。

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菊池武時の嫡男で、「袖ヶ浦の別れ」のあと、家督をうけつぎました。
短刀や小刀を竹の長柄に取り付けて槍にした、「菊池千本槍」を考案しました。墓所は、菊池五山の一つ、輪足山東福寺の歓喜院と呼ばれた場所にあります。亀趺の墓です。
一年に一度、供養があっています。

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菊池武光公の墓所です。
熊耳山正観寺にあります。武重公と同じ亀趺の墓所です。
15代武光が、建立した正観寺の中にひっそりと、佇んでます。
武光の父、武時が亡くなる時に、幼い武光を託したのが、博多の臨済宗聖福寺でした。無事に、菊池に送り返された武光は、この寺の大方元和尚を招いて正観寺を建てました。
武光の墓所は、正観寺の中にあります。
600年をこえる木の下に、亀趺の墓所があります。
亀趺、珍しいでしょう。「亀蛇」と、呼ばれる空想の生き物を台座にした墓のことです。孝徳を積んだ人だけに許される特別な墓です。熊本ては、菊池だけに見ることができるそうです。亀蛇とは、中国て「仙人の乗り物」と、されています。

正観寺の中の大きな樟。

幹囲7.5m、樹高34mの大きな樟。武光の墓所の目印として、建てられています。大きな樟は、旅館組合の横の、薬師堂の上まで、木々を張り存在感いっぱいです。

また、正観寺の前には、小さな公園。地蔵堂があります。

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こちらの公園で、小学校の帰り道、よく遊んだものです。